03 日常の連携ストーリー 入社2年目のカイゼン活動 業務企画職の社員は入社して1年が過ぎると、階層別研修の一環である「職場改善プログラム」を実行する。社内では「カイゼン活動」と呼ばれ、各人がそれぞれの職場で課題を見つけ、その解決策を部署の上司や先輩たちと連携しながら企画、推進するというものだが、毎年、ユニークな取り組みが続出。若手たちが社内に旋風を巻き起こしている。

1_時に実態と乖離する「標準作業時間」。

空港では航空機が到着すると、到着便のお客さまの降機、給油、機内クリーニング、機内サービスに必要なものの積み込み、出発便のお客さまの搭乗、そして出発という一連の流れに従い、工程ごとの作業が進められる。この時、各工程の作業時間については、空港ごとに標準として定められた時間(標準作業時間)が設けられており、作業を進める際の一つの目安となっている。それは1日約90便のJALグループ便が発着する大阪国際空港(伊丹空港)においても同様で、標準作業時間をもとに各便の作業が遅れているのか、それとも進んでいるのかがモニターされていた。だが、この標準作業時間についても、実は機種ごとに各工程一つの基準が示されているに過ぎなかった。そのため、例えばお客さまのご搭乗時間についても、お客さまが300人であろうと20人であろうと、それについては考慮されず、「Boeing767型機は15分」といったように一律だった。結果として、搭乗ゲート担当者が明確な目標時間を持つことができず、これまでの経験と勘を頼りに、お客さまの機内への誘導時間を調整しているのが実態だった。これはほかの工程においても同様であり、その便に見合った工程時間がわかっていなかったため、各作業の正確な所要時間にもとづいた搭乗開始時刻をお客さまにご案内することを難しくしていた。同時に、定時性にも悪影響を及ぼしている可能性も考えられた。そこで立ち上がったのが入社2年目、伊丹空港の空港オペレーション部に所属していた木下隼斗だ。大学院でデータ分析などの研究を進めていた経験があり、木下はあるアイデアを持っていた。

2_着目したのは4つの作業工程。

木下は次のように話す。
「標準作業時間が時に実態と乖離してしまっていたのは、これまでの経験にもとづくザックリとした一定の目安を示しているに過ぎず、便ごとに変動するロードファクター(有償座席利用率)、つまり搭乗されるお客さまの数といった変数に対応できていなかったからでした。そこで私は、伊丹空港における各作業工程の所要時間について詳細にデータを集め、統計分析を行い、そこから各工程に必要な所要時間を割り出す数式を導き出すことができれば、より実態に適った標準作業時間を示すことができると考えました」
そこで木下は、JALの定時性を左右する4つの作業時間、「搭乗時間」「給油時間」「機内クリーニング時間」「降機時間」に着目。まずはそのデータ収集から着手した。その手法は、次のとおりだ。まず「搭乗時間」については、空港オペレーションシステムに便ごとの搭乗開始ならびに搭乗終了の時刻が入力されるため、そこから数値を引き出した。続いて「給油時間」については、整備部門が紙で保管していたフュエルオーダーシートを活用。給油の開始と終了の時刻が記載されていたため、そこから所要時間を導き出した。「機内クリーニング時間」については、木下自らが現場で実測したりもしたが、数式を導き出すためのサンプル数としては圧倒的に足りなかった。そこで、お客さまの降機終了時刻から搭乗開始時刻までのインターバルを、「機内クリーニング時間」と見なすことにした。そして最後の「降機時間」については、降機開始と降機終了の時刻を、客室乗務員に記録してもらうことにした。


3_ 発揮されたJALグループの最高のバトンタッチ。

上記のようにデータ収集を進めていった木下だが、「給油時間」と「降機時間」については当初、その手法が思いつかなかったと明かす。 「給油時間についてはどこにデータがあるかがわからず、整備部門に相談しました。でも、そうした数値はデータベース化していないとのことで半ば諦めかけていたのですが、『フュエルオーダーシートが使えるかもしれない』と教えてもらいました。これは本当に助かりました。また、「降機時間」も同様で、降機開始から降機終了までの時間を正確に記録できるのは、実は客室乗務員だけでした。ただ、国内便における到着後の機内は、次の出発に向けた準備で慌ただしく、客室乗務員も大忙しなのです。それを知っていただけに、お願いすることに正直、腰が引けたのですが、相談してみたところ客室部門として快諾してもらい、次の日からオフィスの所定のボックスに、次々と客室乗務員のメモ書きが入るようになりました。毎日、私が回収したのですが、箱にメモが入っているのを見るだけで、うれしくなってしまいました(笑)」
しかも、この客室乗務員のメモ書きが、後で大きな価値を生み出していくことになった。

4_収集したデータは1万便以上。そして垣間見えたプロ意識。

木下はこうして約3カ月かけて、「搭乗時間」と「給油時間」については3,000便以上、「クリーニング時間」は1,400便、「降機時間」については約1,800便のデータを収集した。補足すれば、これはあくまで有効サンプル数であり、イレギュラーなサンプルとして回収したデータや、上記4つの作業工程以外に回収したサンプルや周辺データも含めると、その数は延べ1万便以上にのぼるという。そこまでデータを集めた理由を、木下は次のように説明する。
「サンプルは数が多いほど、導き出される数式の精度も高まるからですが、実はそれだけではないのです。これは大学院時代にもよく経験したことなのですが、いざデータ分析を始めると、『ああ、あのデータも収集しておけばよかった』と思うことがよくあります。サンプルの数値に気になる変動が見つかったとき、周辺情報があると何に由来するかが見えてくるからで、集めたデータをさらに細分化することにより有意な数字にできるのです」
実は今回、特に有用だったのが、客室乗務員が残してくれた手書きメモだったという。「降機時間」がわかっただけでなく、降機に時間がかかった際には、「ジュースがこぼれていた」「お客さまが体調を崩された」といった理由なども記されていた。そこで木下は、こうした事例については通常サンプルとはまた別のサンプルとして分類、集計、分析していくことで、両者の精度を高めることができたのだ。同様に、整備部門が提供してくれたフュエルオーダーシートも大いに役立った。「給油時間」がわかっただけでなく、給油量や路線(飛行距離)に応じた変動も見て取ることができたからだ。
「客室乗務員の気遣いに、私はプロの仕事を垣間見ることができました。また、フュエルオーダーシートの管理一つとっても、理系集団である整備部門の徹底した数値管理、収益最大化への高い意識を感じました。働くとはどういうことか、教えられました」


5_3カ月かけて導き出した数式。

こうして集めたデータを、今度は約3カ月かけて、木下は分析していった。時間がかかった理由の一つには、前述の手書きメモやフュエルオーダーシートの数値を、手作業でExcelに入力する必要があったからだ。
「それでも職場の仲間が手分けして手伝ってくれたので、入力作業は想定以上に早く終わりました。その後の分析についてはもう、自分の得意領域ですので、責任をもって一人で進めていきました。具体的には4つの作業工程について、それぞれいろいろな角度からアプローチしていったわけですが、最終的には便ごとに変化する数値を打ち込むことで、各作業の所要時間を割り出す数式を無事に導き出すことができました」
その詳細については専門的すぎるので省くが、わかりやすい事例として、Boeing767型機の「搭乗時間」を例に、木下がアプローチの仕方として説明した内容は次のとおりだ。まず搭乗時間において、それを左右する変数となるのはお客さまの数、つまりは座席利用率だ。JALグループの伊丹空港発着便において、座席利用率が50%を下回ることはほとんどないので、前述の約3,000便のなかから、Boeing767型機において座席利用率が51%以上の便を抽出。続いて抽出した便を、座席利用率51〜60%、61〜70%、71〜80%、81〜90%、91〜100%の5つのグループに分類。そのうえで、各グループの搭乗時間の平均値を割り出し、折れ線グラフにしてみる。すると当然のことながら、座席利用率が高くなるほど、搭乗時間も長くなるという右肩上がりの線形を描くことになる。あとはその上昇率を算出する関数を導き出せば、「搭乗時間」を算出するための数式となる。
「『搭乗時間』については分単位で算出できれば十分なので、座席利用率に関して10%刻みの5グループとし、それぞれの所要時間から上昇率を導き出しました。これをもし秒単位で算出するならば、5%刻み、1%刻みとグループをさらに細分化し、同様のことを進めていけば、秒単位まで算出できる精度の高い数式を得られるというわけです」

6_「搭乗時間」に関するトライアル。

4つの作業工程について、具体的な作業時間を割り出す数式を導き出した木下が、次に取り組んだのが、「カイゼン活動」に向けた実際のトライアルだった。 「私としては当初より、実態に即した標準作業時間を導き出すことが目的ではなく、それを目標時間とすることで、細かな工程管理を実現し、JALが誇る定時性をより向上させたいと考えていました。そこでトライアルでは『搭乗時間』に着目し、それを見える化することで、実際にプラス効果があることを実証しようと試みました」
そこで木下はIT部門に働きかけ、搭乗ゲート担当者がスマートフォンでもアクセスできる空港オペレーションシステムに、前述の数式を利用して算出した標準作業時間を表示できるようにしてもらった。このとき、ゲート担当者が実際にこの数値を確認したことを立証できないと、その後の「搭乗時間」との因果関係が認められない。従ってIT部門の担当者には、専用のボタンを用意してもらい、ゲート担当者には標準作業時間をスマートフォンで確認した時点で、そのボタンを押してもらうようにした。

7_定時性向上につながることを実証。

トライアルの結果は、木下の期待どおりのものとなった。標準作業時間よりも実際には長くご搭乗時間を要し、定刻前にドアを閉めた便数は、トライアル前は全体の34%だったが、トライアル中は21%まで下がった。また、標準作業時間よりも実際にはご搭乗時間が短くなってしまったものの、定刻前にドアを閉めることができた便数は、トライアル前は全体の36%だったが、トライアル中は46%まで上がった。つまり、その便に見合った適切な「搭乗時間」をゲート担当者がスマートフォンで確認したことで、極端に早くご搭乗を開始することがなくなったばかりでなく、標準作業時間よりも遅くご搭乗開始となってしまった場合も、何とか短縮しようとする気持ちが働き、定時性向上につながることが実証されたのだ。そのうえで木下は次のように語る。
「今回、トライアルはもっともわかりやすい『搭乗時間』に的を絞って実施しましたが、『給油時間』『機内クリーニング時間』『降機時間』でも同様のこと行えば、似たような結果が期待できるはずです。こうして航空機が着陸してから出発するまでの間に行われる一連の工程管理を、より細かく行っていけば、JALグループの強みである定時性はより強固なものとして維持されるだろうと、私は考えています」

8_未来のカイゼンにつながる仕事を。

木下は、自らの「カイゼン活動」を次のように振り返る。
「通常業務とはまた違った、貴重な体験ができました。空港部門、整備部門、客室部門など、多くの方々に助けられながらJALグループ内のいろいろな人とつながることができ、JALグループで働く面白さ、やりがいを、あらためて実感することができました。これは今後、仕事を進めていくうえでの大きな励みとなると確信しています」
木下の取り組みは社内での注目度も高く、ほかの空港への展開も期待されている。しかしながら、空港によって特性が異なるため、これを実行するとなると、同じようにデータを収集、分析しなければならないことから、すぐに着手できないところが課題となっている。また、伊丹空港においても、木下が集めた1万便以上のデータについて、そのすべてを活用できているわけではない。にわかかわらず、なぜか木下の表情は明るい。
「実をいうと、私が残した各種データを後輩が活用し、さらなる改善に向けた取り組みを進めてくれているのです。自分の改善が、未来の改善へとつながり、JALグループの新しい価値の創造へとつながっていったら、それはとても素敵なことだと思います」
木下は現在、OCC(オペレーションコントロール・センター)に異動し、ディスパッチャー(運航管理者)ののアシスタント業務を行っている。業務に関して一から勉強している立場ではあるものの、できれば当部署においても何か改善点を見つけ出し、改善に向けた取り組みを自らリードし、継承できるような、そんな仕事をしていきたいと抱負を語る。そして最後に、笑顔でこう締めくくる。
「せっかく挑戦することを美徳とする会社に勤めているのですから、チャレンジしないのはもったいないですからね」


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