01JAL羽田・伊丹・関西空港から、JALグループの直行便が就航する日本全国の「どこか」にお得に旅立てる『どこかにマイル』は、JALが提供する通常の国内線特典航空券の半分以下の6,000マイルで往復利用ができる、従来にはない全く新しいサービスとしてリリースされた。
その評判は瞬く間に各方面の話題をさらうこととなるが、そんな画期的な新サービス誕生の背景には、JALグループ各社の連携が隠されていた。

日本航空のマイレージ事業部(当時)に所属し、主に国内線特典航空券に関するマイレージプログラムの企画を担当した馬場宗吾。『どこかにマイル』の実現化に向け、プロジェクトリーダーを務めた。

1_空席率を活用するという考え。

プロジェクトリーダーを務めた日本航空の馬場宗吾は、『どこかにマイル』を企画立案するに至る経緯を、次のように解説する。
「マイレージプログラムは、お客さまが航空会社をお選びになる際の一つの基準となっています。特に国内線特典航空券は、各種特典交換プログラムのなかでも利用率が高いことから、この分野に何か新しい価値を生み出すことができれば、JALの企業価値を高めることができると考えました。とはいえ、特典航空券において新しいサービスを生み出すことが、一方で通常の航空券の需要を奪うようになってしまっては本末転倒です。JALの収益を確保しながら、お客さまにもメリットとなるようなサービスを、と考えていくとイメージも限定されて、これというアイデアがなかなか浮かびませんでした」
そこで馬場は職場の同僚たちと自発的な勉強会を開いては、思いつく限りのアイデアを出し合った。そんなとき、一人の意見が口火となった。「通常の航空券の需要を奪わないようにすると考えるのではなく、空席を活用すると考えたらどうだろう」「たしかに、年間の座席利用率は平均70〜80%…」「もともと空いている20〜30%の座席を活用すると考えれば、思い切ったことをやってもいいかもしれない」「行き先は選べないけど、安く乗れるとか…」ここで議論は途絶えるのだが、「アイデアとしては悪くない」と、馬場は考えた。

JALナビアの旅客営業サポートセンター旅客営業サポート部(当時)において、ラインマネージャーを務める泥谷明子。お客さまに分かりやすくご案内ができるよう、フロントラインに対して予約の周知や運用面でのサポートを行っている。

2_お客さまも地域もJALもWin-Win-Win。

その時の思考プロセスを、馬場は次のように明かす。
「お客さまは、特定のどこかに行きたいという目標をもってマイルを貯めている方が多いはずであり、行き先がわからないような商品に価値を見出すのか、半信半疑でした。ただ、このアイデアを実現することができれば、JALグループの収益向上につながると考えました。なぜなら、一定の費用を出して特典メニューをお客さまに提供するのが一般的であり、それをJALグループ便の空席を利用して償還することできれば、自社の採算となるからです。それにお客さまがJALの空席を利用し、ご自身の意思では検討もしなかったような地域を訪れ、楽しまれることとなれば、地方創生、地域活性化にもつながり、『三方良し』の観点から非常に魅力的な商品となります。そこで私は、市場調査と自社に蓄積されたデータの解析に取りかかりました」
市場調査においては、行き先がわからないような旅があったら参加したいと考えるか、使用するマイルは何マイルであれば参加するか、などを検証した。一方、データの解析においては、既存の国内線特典航空券の利用状況などを参考にしながら、その収支について関連する数字を検討していった。そして導き出された結論は、「事業としての可能性あり」。
2015年冬、馬場は会社から予算を取り付け、プロジェクトとして立ち上げた。

3_フロントラインのスペシャリスト。

馬場がプロジェクトチームを結成するにあたり、キーパーソンとしてチームに招聘したのが、JALナビアの泥谷明子とJALブランドコミュニケーションの勝又美保だった。
「新しい事業を立ち上げる時には、プロジェクトの予算と人員を最小限にとどめておくことで、リスクを最小限にし、また機動力を活かした臨機応変な対応も可能になります。そこで私は本サービスを、ウェブサイト一本に絞って展開しようと考えました」
馬場がまず声をかけたのが泥谷だった。泥谷は、馬場から話を聞かされたときのことを、次のように話す。
「企画として面白いと感じました。ただ、お客さまが興味を示してくださるのか、そもそも既存の国内線特典航空券との違いを明確に理解してくださるのか、それをJALとしてウェブサイトだけできちんとお伝えすることができるのか。懸念が次々とわいたのですが、そこで気づきました。お客さまに理解を深めていただくためには、どのようなロジック、文言でご説明すればいいか、そこを主体となって考えるのが私の役目だと」
泥谷は、現場であるJALグループの予約センターや空港カウンターなどにおいて、お客さまと直接やり取りをするフロントラインをサポートするラインマネージャーを担当している。JALがお客さまに提供するさまざまなサービスを熟知し、とりわけマイレージサービスに関しては、フロントラインが対応しきれないお客さまからのお問い合わせやご相談に数多く応じてきた。すなわち、お客さまがどんな点に疑問を感じ、何を相談したいと考えているのかを心得ており、それを解消するための伝え方について、知識と経験に富んでいた。


JALブランドコミュニケーションのWEB事業部に所属する勝又美保。JALホームページ、JALグループ企業ホームページを中心とした、JALグループデジタルメディアの運営を担っている。

4_ウェブデザインのエキスパート。

次いで、馬場が声を掛けたのがJALブランドコミュニケーションの勝又美保だ。勝又は、JALのマイレージサービス全般に関するウェブサイト画面の企画、構築、ディレクション、運用業務を担当する、この分野のエキスパートである。JALグループのブランディング、制作ポリシーについても熟知しており、お客さまにとっていかに快適な画面設計、画面デザインとすべきかを、このプロジェクトチームの主体となって進めていくことが求められた。
「馬場さんから話を聞いて、ぜひ実現したいと思いました。どこに行くかわからないなんて、『ミステリーツアー』みたいで個人的にも強く惹かれたからです。ただ、泥谷さんが指摘したように、既存の国内線特典航空券との違いを明確にご理解いただけるような設計、デザインにしないと、お客さまに誤解を与えてしまいます。その反面、これまでのお申し込み手続きのフローとかけ離れた内容にしてしまうと、既存のサービスを頻繁にご利用いただいているお客さまであればある程、混乱させてしまう事になりかねません。新規で作り出すべきところ、従来の形を踏襲すべきところ、その両者をふまえ、わかりやすくて操作性に優れるものとするには、相当な手間がかかると覚悟しました」
そして、勝又のこの見立ては、的中することになるのだった。

5_行き先を選ぶという、体験価値の最大化。

『どこかにマイル』を構成する要素において、ポイントとなるのは「6,000マイル」「4つの行き先候補」、そして「友人とも行ける」の3点にあると馬場は話す。
「まず『6,000マイル』という数字は、通常の半分以下にできてこそ、お客さまへの訴求力も高まると当初から考えていました。そこでプロジェクトを立ち上げる前に、事業としての損益分岐点を探る過程で、割とスムーズに導き出されました。ただ残り2点については、何度も議論を重ねました」
馬場の話を受け、泥谷が言葉をつなぐ。
「行き先については、数が多すぎると漠然としすぎてしまって、お客さまもイメージが膨らませられない分、ワクワク感が削がれてしまいます。とはいえ、少なすぎるとどこに行くのか確実性が高まってしまい、面白みに欠けます。それに勝又さんと話していて気づかされたのですが、ウェブサイトのみの受け付けである以上、スマートフォンでも手軽に候補地の写真を閲覧できる程度の数にしておかないと、操作性が悪くなってしまいます」
そこで議論を重ねた末、画面の収まりもふまえて「4つの行き先候補」に辿り着いたと、プロジェクトリーダーの馬場は明かすのだ。そのうえで、画面上に映し出される行き先候補については、空席状況のほか、さまざまな条件を加味したアルゴリズムのもと、JALグループの直行便が就航する日本各地をランダムに表示するようにしたという。


6_最大の利点にして最大の課題。

この新サービスにおける一番のアピールポイントは、「友人とも行ける」ことだと馬場は明かす。だが、プロジェクトチームはここで、何度となく挫けそうになったという。
「この部分においては、勝又さんの頑張りがなければ実現しなかったと思います」
馬場のこの言葉に、勝又は次のように話すのだ。
「私たちは、『どこかに』行けるというワクワク感を、身近な人と楽しんで欲しいと考えました。特に若い人たちが連れ立って各地を回ってくだされば、地域にも活気が生まれます。ご家族はもとより、ご友人とも出かけられるようなサービスにしてこそ、この新サービスの存在意義が高まるのです。しかし、これを実現するとなると、画面設計としてはかなり複雑になります」
勝又の言葉を借りて、その一部を説明すると、次のとおりだ。
国内線特典航空券の申し込みをする際、そのマイルを融通し合えるのは原則二親等以内となっている。よって友人と行くとした場合には、申込者(自分)のマイルではなく、同行者(友人)のマイルを使ってもらうことになるため、同じ画面で一緒に申し込む時には、そこで一つ分岐が生まれてしまう。さらに、申込者と同行者が、二親等以内(配偶者など)も同行するとなった場合、ここでも分岐が生まれてしまう。しかも、こうした二組の夫婦が旅をするというプランを、申込者とその友人が、自分たちのマイルを使ってそれぞれの両親にプレゼントするケースとなると、さらに分岐が複雑となっていく……。
従来の「二親等以内」に、新たに「第三者」を加えるということの構造をどう考えていけばいいのか、さすがの勝又も当初はまったくイメージがつかなかったと明かすのだ。
「最初に手間がかかると思ったのも、こうした理由によるものです。複雑な構造を端的に表現できなければ、お客さまにご不便をおかけすることになるので、そこはもう描いては直すを繰り返していく以外に術はないと思いました。そこで毎日、設計図を持参してはミーティングに臨み、皆の意見を集約することで、また新しい図面を起こしていきました。結果、約3週間かかりましたが、絶えず判断を下し、指示をしてくれたのが馬場さんでした。そして、正しい着地点へと導く誘導灯となってくれたのが、泥谷さんでした」

7_フロントラインの負担を減らしていくために。

勝又の指摘を受け、泥谷も次のように明かすのだ。
「かつてない取り組みでもあったため、私としても細心の注意を払いました。お申し込みに関するお問い合わせが予約センターに殺到するようなことでは、操作性などの分かりづらさにおいて多くのお客さまにご迷惑をおかけしてしまうことになります。どのような予約手続きの流れとし、どのような文言でご説明すれば、お客さまにわかりやすく、簡単にご利用していただけるのか。既存のサービス内容において、ウェブサイトから予約した際の仕組みや制度などを知る私が、その骨組みを間違ってしまうと、プロジェクト全体をミスリードしてしまうことになりますので、正直、プレッシャーも大きかったです」
さらに泥谷は、勝又と二人三脚でウェブサイトの制作を進める一方、サービスインに向けた準備も進めていた。ウェブサイト限定のサービスとはいえ、問い合わせはすべて予約センターに入ることから、フロントラインの体制を整えておく必要があったからだ。
「ウェブサイトの設計においては、何よりお客さまにとってわかりやすい手順であることはもちろんですが、同時にフロントラインを担う社員も画面操作の特性を理解し、お問い合わせを受けた際にご説明ができるような体制でないと、現場が混乱します。そこで勝又さんには、この視点からも私の意見を伝える一方、実現してもらった設計、予約手続きの流れを、今度は私が正確に理解したうえでフロントラインへと周知していきました」
特に泥谷の最前線への周知徹底ぶりには、馬場も感心させられたと話す。
「フロントラインを担う皆さんにとって、新サービスの投入は負担となります。そこを泥谷さんは、サービスとしての魅力をしっかりと伝え、複雑な説明となりそうなところほどシンプルに表現し、現場の理解を深め、さらに関心も喚起してくれました」

8_JALの「企画屋」の醍醐味。

2016年12月12日、『どこかにマイル』は無事、サービスインされた。当日、勝又は自らの手でウェブサイトを公開し、その後はシステムの稼働状況に目を光らせた。泥谷は、サービスイン直後から申し込みが殺到するなか、お客さまからのお問い合わせに備えた。しかし、幸いにも大事に至るようなトラブルは起こらなかった。
プロジェクトを立ち上げて以降、全体の取りまとめ役として各局面で具体的な指示を出し、決断を下し続けてきた馬場は、次のように話す。
「1年経った時点での『どこかにマイル』の利用実績に関しては、大きな変動もなく、安定してご利用いただいています。事業性を検証した際の想定とほぼ同じ数字となっており、この点でもプロジェクトリーダーとしての責務を果たせた充足感を感じています」
そのうえで、今回のプロジェクトの成功理由を次のように語るのだ。
「決め手は、泥谷さんと勝又さんという二人のキーパーソンを、早い段階からチームメンバーに迎え入れることができたこと。企画の素晴らしさを褒めてくださる方もいますが、アイデアそのものは、新しい需要を生み出すにはどうしたらいいか、お客さまに選ばれるにはどうすればいいか、そうしたことを愚直に積み上げてきた結果に過ぎず、突拍子もないことを天才的なひらめきで実現したわけでもなんでもないんです」
だから評価を受けるような企画を立案できたことよりも、各現場を担うJALグループのスペシャリストたちの知見やノウハウ、磨いてきたスキルを総動員することによって、一つのモデルケースとなる仕組みを皆で作れたことの方がうれしいのだと、馬場は言葉をつなぐのである。
「JALの『企画屋』こと業務企画職にとって一番のやりがい、楽しさとは、誰も思いつかないようなアイデアを一人で練ることではなく、JALグループの力を結集し、失敗を恐れることなく皆でお客さまの笑顔を思い浮かべ、本気でチャレンジできることなのです」


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